子ども学 その源流へ
3月にご高著を拝受しました。大人が作った制度や思想から、何かの対象としてみるのではなく、暴力的でもあり不定的でもあり、洞察力と未熟さを併せ持ち、時代を鋭敏に身体化する「ありのまま」の存在として子どもを見ようという意識が、まさにオーラとして立ち上ってきます。佐野美津男が提唱した「子ども学」を踏まえたうえで、古代から現在まで、日本で子どもがどう見られてきたか、子どもがどうふるまってきたか、子どもという総体ではなく、事象のひとつひとつから、日本人にとっての子ども観を追求しています。答えが先にあるのではなく、それを「知ろう」とする野上さんの意識そのものに圧倒されました。遺跡や埴輪、各地のお祭り、また、性と子どもがいかに密接であるかなどのお話を伺ったことがあるのですが、その断片がこの本の中で有機的につながりあい、野上さんの立ち位置を伝え、まさに、子どもをめぐるリアルを探ろうとされたことがよく分かります。「児童文学評論」に連載している、私のごく個人的な子どもとの絵本読みの記録を野上さんが買ってくださるのは、なんの先入観も結論もなく、定点観測的に子どもの本読みを見ていこうというあたりの意識が似ているせいかなと、恐れ多いことですが、考えてしまいました。
第1章 「子ども学とは何か?
「子ども学」の誕生/「子ども」とはだれか/子どもは発見された?/子ども学がめざすもの
第2章 「子ども社会の歴史」
古代社会の子どもと暮らし/万葉集に見る律令制度下の子ども/描かれた中世の子どもたち/近世の家族と子どもの発見/江戸期子ども絵本の誕生/手習塾と江戸の教育/江戸の子ども遊び/性をめぐる大人と子ども
第3章 近代子ども観の変遷
学制公布と学校教育の普及/国家主導による学校行事の徹底/学校中心の子ども社会の形成/文明開化の子どもと遊び/明治期東京下町の子ども世界/変容する小学校教育/富国強兵と子ども雑誌/近代子ども観の誕生/文学者が描いた子どもの姿/正岡子規の教育観/大正童心主義の光と影/プロレタリア児童館の展開/戦時下の子どもと文化
第4章 現代子ども社会の変容
戦後児童文学の出発点から/戦後民主主義と子ども雑誌/マスコミ時代の子どもたち/高度成長期のメディアと遊び/変容する子ども文化/挑発する子どもたち/密室化する子ども空間/情報化社会の子どもたち
第5章 子ども学で現在を読む
メディアの中の子ども/幼児の美意識と想像力/遊びは暴走する/暴力をとらえる視点/子どもと性の民俗学/子どもと死のイメージ/学校文化と子ども文化/文化創造者としての子ども
※小見出しには本来、番号が振ってあります。
まさに野上さんの集大成とも思える1冊です。縄文の子ども観や近代が持ち込まれたときに日本という国家が子どもを見る目がまるで変わったこと、戦争を経て(山中恒さんの『ボクラ少国民』との絡みも迫力)、高度成長時代に消費者として対象化されたことなど、「子ども」の通史として必読でしょう。ごく個人的な体験からあえて出発しての、子どもと性の考察、それに関して『たけくらべ』の話もおもしろかったです。
子どもが事件を起こすとゲームやマンガの悪影響などが取りざたされますが、それは「大人社会の固定観念と新しく登場してきた文化に対する、一種の身構えと恐怖心」(214)であり、どう考えてもリアルになりっこないこと、たかがゲームやマンガくらいで大人はうろたえてはいけない、というあたりの口調、そして、しかしながらそれを踏まえた上で、仮に虚構と現実が混同される可能性があるならば、「幼児期の物語体験を通しての、非現実体験の乏しさが影響しているといえるのではないか」(214)というところにも、思わず背筋を伸ばしたい気持ちにさせられました。
野上さん、ご出版本当におめでとうございました。
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