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イヤー オブ ノーレイン Ⅱ

naisen 『イヤー オブ ノーレイン―内戦のスーダンを生きのびて』(アリス・ミード作/横手美紀訳)、鈴木出版、2005年2月 (Year of No Rain, Alice Mead, 2003).

 読んだ時期、出版の時期と重なるように、1983年から20年以上続いていたスーダンの内戦が1月に終結し、それを受けて4月に日本政府が1億ドルの援助を決めたというニュースを読んだ。
 『イヤー オブ ノーレイン』は、これまでの海外児童文学シリーズ2冊と同様に、海外で過酷な状況を生きのびる、おおむね12歳以下の子どもたちを描いており、今回の舞台はアフリカのスーダンである。
 スーダンやエチオピアというと、私の小学生くらいの時期に、干ばつとそれに対するユニセフなどの支援を報道していたのを覚えている。そして、ガリガリにやせた同い年くらいの子どもへの激しいシンパシーの感覚も。
 その記憶は、一過性のセンセーションではなく、私の中に沈殿した。干ばつを子どもの姿、目にハエのたかった子どもの姿を<読んだ>こと。読むときに働く想像力のため、ガリガリにやせたエチオピアやスーダンの子どもの身体は、私の脳にやきつくようにして記憶したのである。
 やがて、マスコミが、問題を報道したらおしまい、といわんばかりに、あっという間に報じなくなっても、この像は残り続けた。本の力、というのはたとえばこういうところにもあるのだと思う。

 この本に関しては、干ばつだけでなく、南部と北部の内戦、部族間抗争、国境を越えた戦火や難民の問題など、事態はいよいよ複雑になっており、その中で、それでも生きていく子どもを描いている。「雨のない年」が3年も続き、やせ細った牛だけが頼みの綱である村に、赤十字からの援助物資が飛行機で落とされれば、政府軍の兵士も反乱軍の兵士もやってきて強奪し、少年は兵士にするため、少女は奴隷に売るために拉致していってしまう。
 

 主人公はステファン少年。兵士の足音を聞いて、仲間と一緒に森に逃げ、帰ってみると母は殺され、姉の姿は見えず、家々は焼け落ちている。村から逃げるように、どこかを目指して歩き始めた3人は、渇きと恐怖と病気の危険に、歩いていても休んでいても、心落ち着くことはない。やがて、ステファンは、胸に手を当てて改めて考え、情報や想像に従うのではなく、本能的に自分がよいと思う方向に戻ろうと決意する。

 途中での他の少年たちやおばさんたちや医師との出会いに、読者に希望を与えるべき児童文学のひとつの立場を思い出させられた。だが、これが1999年を描いた2003年の作品であるということや、政治的に内戦が終結したたった今、この物語よりひどい混乱状態と、醜い人間性どうしの衝突が起きているであろう現実が喚起される。
 そこからはじまる物語。「考え」を促すという点で、つくりかたと同時に、そのスタンスもまた、しっかり児童文学で、それを選択した土台が確かに確かであることを感じた。

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